「ジジイになっても容易に思いだせるようなかけがえのないシーズンでした」(アルバルク東京・#7正中岳城)

川崎ブレイブサンダースとの対戦となったセミファイナル。第1戦を76-84で落としたアルバルク東京は残り12秒、#23ジェフ・エアーズの逆転3ポイントシュートで第2戦を勝ち取った(78-77)。
しかし、5分ハーフの第3戦は後半に失速。18-26で敗れ、その瞬間目指すファイナルへの道は閉ざされた。だが、チームで10年目を迎えた正中岳城は「チームとして成長できたシーズンだった」と振り返る。無念さの中にも感じた『満足』について、リーダーが語る今季のアルバルク東京とは?

全員が同じ方向を向いて臨んだ第2戦

第1戦に敗れたことで崖っぷちに立ったわけですが、だからといって何を立て直すとか戦術を変えようとかいうことはなく、考えていたのはとにかく前進しなくてはならないということ。第1戦と同じような戦いにしないためにはどうしたらいいか、自分たちはどう戦ったらいいか、それだけを考えていました。互いを高め合うために特別なことをすることはなかったですが、全員気持ちの切り替えは早かったと思います。「明日2勝すればいいんだ。2戦目を取れば次も勢いに乗って勝てるはずだ」と、みんなが同じ方向を向いていました。

結果から言えば3戦目を勝ち取れずシーズン終了となってしまいましたが、僕の中にはチームとして成長した姿を見せられたのではないかという思いもあって、そのことについては満足感があります。(優勝という)目標を達成できなかった、いわば達成感のない満足感に意味はないと言われれば、たしかにそうかもしれませんが、少なくとも僕はシーズンを通して自分たちが取り組んできた姿勢、そこには目に見えない数々のこともありますが、それを含めてのプロセスは評価できるものだと思っています。自分たちが望むチームスタイルに向けて努力し、成長できたシーズンだったと言えます。

セミファイナルの相手である川崎はリーグNo.1の勝率を誇る僕たちより上位にいるチームでした。そこに勝つためには下から突き上げていく力が必要です。厳しい立場であることは間違いなく、それでも我慢して我慢してついて行けば必ずチャンスはあると信じていました。「いかに我慢できるか」というのがこのシリーズのテーマでもあった気がします。それができたのが第2戦で、一進一退の攻防の中、最後の1分を切っても我慢し、最後に勝敗を分ける1本のシュートを決めることができた。

ジェフ(エアーズ)のあの3ポイントシュートについて僕は驚かなかったし、やったぁ!と飛び跳ねることもなかったです。自分の中ではシュートが入る、入らないというより、あそこでシュートを打つ展開に持っていけた、いつもは力負けしてしまうようなあの場面で自分たちが望む展開に持ち込めたことが大きかった。チームの前進を感じられたことが何より嬉しかったです。

それぞれの選手にはそれぞれの存在意味がある

チームの中でボールをクリエイトする選手は限られています。もし自分がその立場ではなく、ロールプレーヤーとしてコーナーを埋めるだけの存在だったとしても、与えられた役割をこなしチームの戦術にフィットする選手でいなければならないということは常に考えていました。仮にバスケットが4対4でやるスポーツならば自分はコートの上にいないかもしれない。けれど、5人目の選手としてコートに立つ以上、他の4人がやらないことをやる役目があります。さらに言えばコートの中外に関係なく選手の存在にはそれぞれ意味があり、意義がある。個々がそれを突き詰めて、自分の姿勢で示すことによってチームは成り立つのだと思います。

選手であれば誰もがチームの真ん中にいたい、真ん中でプレーしたいというのは当然のことでしょう。が、全員が40点取ることを目指してもチームはトップに立てません。それをみんなが正しく理解する必要があります。僕は今シーズン、ここ数年の間で1番多くプレータイムをもらいましたが、内容について自己評価するのはまだ先です。ただ、今の時点で自分を評価できるのは『常にそこに居ようとしたこと』。自分がこうしたい(こういうプレーがしたい)ということより試合に出ること、そこでチームに適したプレーをすることに意味があると考え、常にそこに居るために努力したシーズンでした。それは全うできたと思っています。

今年33歳になるのですが、ベテランと呼ばれるようになったこのチームで、同世代の(竹内)譲次、(菊地)祥平には助けられています。彼らはいろんな経験を持ってアルバルクにやってきて、すばらしいエッセンスを与えてくれ、同時にチームを支え僕を励ましてくれる存在です。ただその中でこのチームに1番長くいる者として、僕には僕しかできない大事な役割があると思っています。

それは前身であるトヨタ自動車時代にチームの柱を作ってくれた沢山の先輩たち、またその時代からずっとサポートしてくださっている沢山の方々の存在を知る者としての役割です。皆さんにもらった多くのもの、そこにある皆さんの思いを背負ってプレーし、何かしらチームにいい影響を与えること。それは自分にしかできないことです。そう考えると、まだまだプレーを続けたいと思いますね。30点、40点取る選手ではなくとも若い選手たちとしのぎを削り、この先も成長していきたいと、そんな思いになります。

記録が示めさないところにも成長はある

年明けの天皇杯のときに何かのインタビューで「ジジイになってもこの年を忘れたくないと思えるような1年にしたい」と答えた記憶があります。そこまで言い切れるかどうかわかりませんが、少なくともシーズンが終わった今、「ジジイになっても容易に思い出せる年になったな」と思っています。セミファイナルで敗退したことはもちろん悔しいですよ。明日になったら新聞には『アルバルク東京敗れる』の記事が載るんだろうし、優勝を目標に積み重ねてきた日々を思えばそりゃあ悔しいです。だけど、それとは別にさっきも言ったように僕の中に一種の満足感があるのも事実です。目指すチームスタイルに向けて各自が努力し、誰1人こぼれることなくその過程に関わり努力した1年でした。

結果的には『アルバルク東京セミファイナル敗退』と記録されますが、そこには載らない大切なものをチームで共有できたように思います。だから、どんなシーズンでしたか?と聞かれたら「かけがえのないシーズンでした」と答えますね。Bリーグ初年度、注目度の高さ、バスケットを取り巻く環境も変わりましたが、それを良い刺激にしてみんなで上を目指したこの1年は、改めて自分にとってかけがえのないものだったなと感じています。

アルバルク東京

文・松原貴実
写真提供・B.LEAGUE