栃木ブレックス 橋本晃佑 #21

ケガから復帰した今シーズン 「もらったプレータイムを裏切らない仕事をしたい」 part3

Bリーグが誕生して3年。リーグ発足時にプロ選手としてデビューした選手たちはいわばBリーグと同い年だ。Bリーグとともにプロのキャリアを積んできた彼らを訪ね、コートに立つ“今”と歩んできた道のりについて話を聞いた。

part2より続く

 

「リーグ優勝したいです。全力で優勝に貢献したいです」

橋本の名前がインジュアリーリストから抹消されたのは昨年の2月28日。喜びは大きかったが同時に一抹の不安を感じていたのも事実だ。

まだ多少痛みがあったし、長い間プレーしていなかったことでゲーム勘が鈍っているんじゃないかと、そこが1番の不安要素でした。でも、同じぐらい『やってやろう!』と言う気持ちもあって、当初は不安と闘志が半々だった気がします

そんな中、安齋ヘッドコーチは橋本を3番ポジションで起用することを決める。
203cmの高さは橋本の武器の1つでもありますから、これまではインサイドが中心。外はほとんどやったことがなかったので、外国籍選手や(竹内)公輔の陰でなかなか出番がなかったのが実情です。ケガもありましたし、本人のモチベーション的にも大丈夫かなと感じていました。でも、彼にはもともとシュートセンスがあるんですね。今シーズンは(シューターの)喜多川修平がケガで長期離脱となり、そういう状況の中で橋本のシュート力は必要だなと思ったんです。日本代表なんかを見ても少しサイズアップを図っている感がありますし、それも踏まえて3番で使ってみようと。もちろん公輔にアクシデントがあったときなどは中をやってもらうこともありますが、あくまでメインは外だと考えています」(安齋ヘッドコーチ)

では、橋本本人は任された3番ポジションをどう捉えているのだろう。

シュートを打つことは子どものころから大好きだったし、練習も重ねてきました。シーズン前にヘッドコーチから『おまえを3番で使ってみようと思う』と言われたとき、まず思ったのは、外のシュートをしっかり狙ってミスマッチをついていけば今までより得点に絡んでいけるということです。リバウンドで言えば、ライアン(ロシター)やジェフ(ギブス)は同じ外国籍選手とマッチアップしてるわけで、そういうときに僕がリバウンドに絡めばチャンスも広がるはず。そういういろんな場面を想定してみると(3番は)やりがいのあるポジションだと感じました

そのことばどおりシーズンが始まり試合を重ねるうちに3番ポジションで戦う自分に手応えを感じるようになってきた。

スタッツとか数字とか、それはそれで大切なものですが、自分はそれだけではない貢献度も大切にしています。たとえば1月にアウェーで戦ったアルバルク東京との2連戦(1勝1敗)で、僕は得点面では貢献できなかったけど、リバウンドはしっかり絡めたと思うんですね。数字には表れてないけど、自分の仕事ができたような気がします

さらに翌週の千葉ジェッツ戦では“数字に表れる”活躍も見せる。11分15秒出場し、2本の3ポイントシュートを含め11得点をマーク。試合は敗戦となったが、これもまた橋本の自信につながったはずだ。

プレータイムをもらえれば、それによって課題も見つかります。僕の場合まだ試合中にあわてちゃうことがあるので周りともっとコミュニケーションを取りながら落ち着いてプレーすることが目下の課題です。あとはそうですね、ブレックスはディフェンスから入るチームだと思っているので、そこで見劣りしないプレーをすること。もらったプレータイムに見合ったというか、もらった時間を裏切らない仕事をして勝利に貢献したいです

リーグも終盤にさしかかり、移籍加入した比江島慎が本格的に始動、昨シーズンの主力である田臥勇太や喜多川修平がケガから復帰する目途も立ってきた。選手層が厚くなったチームの中でどう存在感を示していくか、それも今後の課題の1つとなりそうだ。「それも含め、橋本のさらなる成長に期待しています」と言うのは安齋ヘッドコーチ。「あの身長であれだけのシュート力があるのですから将来性は大、まだまだ伸びますよ。栃木県出身ですから、文字通り栃木ブレックスを代表する選手になってほしい。そう願っている地元ファンも多いと思います

そのためには「日々の練習あるのみ」と、本人。「ブレックスは自分が成長できるチームだと思っています。たとえば公輔さんのプレーを見ていても見習うとこだらけ。自分の力のなさを感じますが、そんな自分にいつも声をかけてアドバイスをしてくれるのはライアン。本当にありがたい環境の中で自分はプレーしています

栃木で生まれ、栃木で育ち、栃木でプレーする。

目標はもちろんリーグ優勝です。その優勝に貢献したい。貢献できる選手になることが自分自身の目標です

文 松原貴実
写真 安井麻実

part1【「スポーツは何をやっても全然ダメな子どもでした」
part2【ケガに泣いた大学時代「それでも得たものはたくさんありました」

栃木ブレックス

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