広島ドラゴンフライズ 岡本飛竜 #3

これまでも、これからも僕は挑み続ける part1

B.LEAGUEで活躍する誰よりも応援席での時間は長かった

広島ドラゴンフライズの岡本飛竜は幼いころから常に何かに挑み続けてきた。宮崎・延岡学園高校に進学し、3年時に「高校3冠」を達成しているが、彼自身はバックアップとしてスタメンの座を狙い続けていたし、拓殖大学に進学してもスタメンに起用されたのは最終学年のときだ。

身長170センチのポイントガード。バスケット界では小さい部類に入る。果たしてそんな選手がプロで通用するのか――彼が大学卒業後の進路をプロに向けたとき、もしかしたらそんな意見があったかもしれない。事実、同期の笠井康平(現・名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)や、高校時代の1学年後輩である寺園脩斗(現・三遠ネオフェニックス)ら同じくらいの身長の選手たちは一度、実業団へと進んでいる。むろんそれぞれの事情があってのことだが、岡本は小学1年生のころから抱いていた「プロでやりたい」という夢を貫いた。いわゆるアーリーエントリーで当時bjリーグに所属していた島根スサノオマジックへと入団すると、同じ年の秋に開幕したBリーグで本格的なプロデビューを果たすのである。

入団する前から島根がB2でスタートすることはわかっていましたし、そのなかで自分も挑戦したいし、チームもB1に絶対昇格するという挑戦の年で、みんなが前だけを見て進んでいったのを覚えていますね

島根はその年B1昇格を果たし、岡本自身も山本エドワード(現・ファイティングイーグルス名古屋)のバックアップとして60試合に出場している。

翌年、B1に挑んだ島根は11勝49敗で西地区最下位。B1残留プレーオフでも富山に先勝しながら2戦目、3戦目を落として再びB2に降格してしまう。岡本は山本だけでなく、その年に加わった渡邊翔太のバックアップ、つまり3番手へと落ち込み、出場時間も大幅に減っていた。

それでも岡本はけっして下を向かず、立ち止まらず、ただ自分がやるべきことに集中した。それは高校、大学となかなかスタメンの座を勝ち取ることができず、それでも努力を続けていれば必ず道は開けるという信念があったからだ。

今、B.LEAGUEの第一線でやっているヤツらより間違いなく応援席にいる時間が長かったと思いますし、悔しさは強く感じていました。でもその応援席やベンチにいた時間が長かったことで今の自分に必要なことは何かを考え、練習を続けたことが、今こうしてプロでやっている支えになっているかなと思います

ベンチにも入れず応援席でメガホンを片手に大声をあげていた時期。ようやくベンチに座れても、名前を呼ばれることなく40分を過ごした日々。そうした時間を無為に過ごすのではなく、見つめる先にあるコートに立つため、自分が何をしなければいけないのかを考え続けて、練習を怠らなかったからこそ、今の岡本はある。

そこで腐ったり、下を向いても何も生まれてこないことはわかっていました。それで『もういいや』って腐っていった人を高校、大学とずっと見てきたので、そこには目をくれることもなく、自分が活躍したいから、好きなバスケットをやることに集中できたんだと思います

泣きながら父と走って帰った10キロが原点

どんな苦しいときでも前だけを見て、大好きなバスケットに向き合う。そこには両親の存在も欠かせないと岡本は言う。

ミニバスの試合で負けて、体育館から家まで10キロくらいあったんですけど、父と泣きながら一緒に走って帰ったこともありました。父は走る格好で見に来ていて、帰るぞって言われて、僕はユニフォームのまま走りました。その経験は結構大きいですね。悔しくて、自分の思うような結果が出なかったときに『じゃあ、どうしたらいい?』となれば、練習をするしかないという考えは両親の下で染みついたんです

両親だけではない。日本を代表するオリンピアンとの出会いも岡本をより前向きに、いや、さらに上を向かせるきっかけとなった。中学生のときに参加した「ジュニアNBA」というプログラムに中学1年生と2年生のときに参加し、アメリカにも渡っている。そこでは萩原美樹子氏や大山妙子氏、楠田香穂里氏らに指導を受けた。

自分は田舎の……鳥取の中学生だったので、全国レベルの選手と合宿や練習をする機会はめったになくて、だからあのときのチームメイトと一緒にやれたことが励みになっていましたし、中学生なりのちょっとした自信にもなっていきました。ここでできているんだから、ほかのところで負けていられねぇっていう、ちょっとした自信にもなったんです

その「ちょっとした自信」は1年目のアメリカ遠征で見事なまでに打ち砕かれてしまうのだが、それがまた岡本のチャレンジャー精神に火をつけた。

楠田氏の恩師でもある北郷純一郎氏が率いる延岡学園高校に進路を決め、そこで岡本のバスケット人生のなかで最も影響を与える友と出会うのだ。その人物を通じ、岡本の挑む心はより一層熱を帯びていくことになる。

part2に続く
【ベンドラメ礼生のひたむきさに触れて】

文・写真 三上太

広島ドラゴンフライズ

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