知られることが第一歩!(後半)

青空スクール

青空スクール

先日、興味深いグラフを拝見した。それは6歳までに体験するスポーツの状況調査である。
1位は断トツで40%近くを占める水泳。続くテニスは20%、3番手のサッカーは10%にも満たない。他にもゴルフやバレーボール、ボウリングが5%程度を分け合う。しかし、このグラフにバスケットボールは単体では表記されておらず、その他の山に埋もれていた。
これらは習い事から算出された結果である。

U-6スクールでバスケを知るきっかけに!

bjリーグやNBLのプロチームのほとんどは、スクール(アカデミー)を運営している。
それらの対象年齢を調べると小学生からが多く、6歳以下と明記するキッズクラスを設けているチームは8つ。
小学生以上を対象にするバスケスクールだが、同じチームのチアスクールにはキッズクラスがあるケースは多い。6歳以下にバスケを教えるのが困難であれば、ダンスと融合させたフリースタイルバスケから着手する手段もあるだろう。

幼少期から一つのスポーツに集中させるのは選択肢を狭めてしまう恐れもあるが、存在を知ってもらうための間口を広げるためにバスケスクールが担う役割は大きい。初めてのスポーツ体験の入口にバスケがあれば、潜在的にバスケを知ってる人を増やすことができるわけだ。
子供たちが夢中になるアニメやゲームなどは、興味が無くても親は知ってしまう。同じようにスクールをきっかけに、バスケとは縁の無かった家族の中に潜り込む。食事中にバスケが話題に挙がれば、それこそが文化である。
トップチームから裾野が広がるピラミッド構造を形成するJリーグ。スタジアムでは、ピッチに立つ選手と同じロゴをつけたウェアを着る集団をよく見かける。憧れのトップ選手のプレイを見て学びながら声援を送り、時にはスタッフとしてお手伝い。試合が無い日も、チームウェアやバッグを持った子供たちが街中に点在しており、自然とチームロゴを目にする機会が増え、いつの間にか存在を知ってしまう効果は大きい。

初体験の記憶は、長きに渡って色鮮やかなものである。オセロの角を取るように、バスケも幼少期から体験できるスポーツのマーケットを攻めることが知られるための第一歩となる。

ボールがあれば誰もが楽しめる遊び=バスケ

バスケはボールがあれば誰もが楽しめる遊びだ!

遊びであれば、生涯スポーツになれる

現代社会は習い事としてスポーツを選ぶ時代になったと言われる。しかしこれまでは、遊びがスポーツに出会うきっかけだったはずだ。
最初に紹介したグラフの中に、野球もラインナップされていた。結果はボウリングよりも低い。
野球との出会いは、野球場ではなく近所の空き地や家の前の道路だったと記憶する。野球道具も本格的なものではなく、オモチャ屋で安価に買えるプラスティックのバッドと柔らかいゴムボール。近所の子供たちが集まれば、投げた球を打つだけの行為に明け暮れた。遊びが裾野を支える野球だからこそ、グラフに表れなくても、楽しめる存在としてプロ野球が繁栄し続けている。そう考えれば、納得がいく。サッカーもJリーグが誕生し、身近になったことで遊びから入れるスポーツに変わった。その結果、物心付く前から子供たちがボールを蹴り始めている。

バスケを始めとした多くのマイナー競技の入口は、部活動や体育の授業になってしまう。学生時代にバーンアウトし、卒業とともにバスケから離れてしまうと、遊びとして戻れる土壌がない。一生懸命打ち込んだ後は、遊びに変えれば良いのだ。その時期があれば、再びバスケを好きになれる。私自身がそうだった。

高校まで怒鳴られながらバスケをさせられ、正直に言って好きでは無かった。卒業後、上京するとそれまで日常にあったバスケ環境が一転し、今度はやる場所が無い。やりたくてもできないとなると、ウズウズしてしまう。そんな欲求を抱えていた通学中の山手線。窓際に押しやられながらふと目を落とすとバスケコートらしきものが見えた。次の日、再度確認するとやっぱりバスケコートだ。部屋に転がっていたボールを抱え、学校帰りに途中下車。一人でシュートを打っていたら、高校生がやって来た。思い切って声をかけ、一緒にシューティングゲームや1on1をする。名前も知らず、どれだけ上手いかさえ分からない。同時に自分のヘタさも知られていない。怒られる心配はなく、誰にも気を遣わずにプレイすることができたあの日、初めてバスケの楽しさを知ることができた。
その後、当時住んでいた街にバスケコートができるという幸運にも恵まれる。日の長い夏は定時で仕事を終わらせ、コートへ向かう。そこにいるのは年配の方から子供まで。日本人だけではなく、アフリカ人、ブラジル人、アルゼンチン人、中国人、韓国人。性別や年齢、国籍まで様々なコートに集まるみんなに声をかけ、みんなでバスケをした。子供しかいなければ、1on5で一緒に遊ぶ。願えば環境はできるものなのか、今度は会社近くの公園にバスケコートができた。ランチタイムは速攻で食事を済ませ、時間が許す限り汗を流す。遊びの時期があったことで、バスケが傍にある人生を歩めている。

子供のように無我夢中になり、理屈ではなく楽しむ。野球やサッカーにはそれがある。だから老若男女、経験未経験問わずに楽しめるスポーツとなった。
今、バスケはどうか?
60余万人の競技人口を誇り、文科省が認める体育の授業で行われる種目。しかし、教育や真剣勝負から脱却できていないことが足かせになっているようにも感じてしまう。
全てのスポーツは競技や精神論の前に遊びだ。だからこそ、SOMECITYが掲げた“究極の遊び”宣言は、激しく共感できる。
外に出ると近所の狭い公園では、子供たちが賑やかに野球を楽しんでいた。

泉 誠一