【ウインターカップ2015レポート】 勝利の喜びも大敗の屈辱もきっと自分の糧となる 近畿大学附属高校#15西野曜

20151230wcup-iv00文・松原 貴実  写真・吉田 宗彦

  3回戦で名門・洛南を破りベスト8進出を決めた近畿大付属の大森健史コーチの目にはうっすらと涙がにじんだ。
「近畿のチームにとって洛南は立ちはだかる壁のような存在でしたから。いつかその壁を打ち破ることが目標でした。だから、(ベスト8入りして)メインコートに立てるということより、今はとにかく洛南を破ったことの方が嬉しいです」

大森健史コーチ

大森健史コーチ

  スポーツが盛んな近畿大附属は、同時に文武両道を目指す進学校でもあり、歴史あるバスケットボール部といえども全国から有力な選手が集まるわけではない。現在の部員もそのほとんどが地元大阪の出身だ。厳しさの中にもどこか伸び伸びとした雰囲気が漂うのは、選手の自主性を尊重する部風にあるのだろう。総勢74人の大世帯でありながら、『縦糸』ではなく『横糸』でつながったチームには明るい結束力がある。そうした環境の中で育った今年のチームは「中と外のバランスが良く、私がこれまで指導してきたなかでも1番力がある」と、大森健史コーチは早くから手応えを感じていた。
「チームバランスが良くなった要因には、やはり西野(曜・197cm)の存在があると思います。潜在能力を秘め、将来有望な西野がなぜ(他の強豪チームではなく)うちに来たのかはわかりませんが、多分、上からゴリゴリ押し付けられるよりもう少しのんびり自由にやりたかったのではないでしょうか(笑)」(大森コーチ)

#15西野 曜

#15西野 曜

  そのことばを本人に伝えると、笑顔を見せて「否定はしません」――高校ではバスケット一辺倒ではなく、「いろんなことを楽しみたかったから」と言う。
 だが、その西野の意識に“変化”が生まれたのはU-18の日本代表メンバーとして出場した『第23回日・韓・中ジュニア交流競技大会』でのことだ。マッチアップするアジアのセンターたちの高さ、身体の強さをコートの中で目の当たりにした。胸の内からじわじわ湧き出てきた悔しさ…「もっとフィジカルを鍛えなければと思いました。自分の中にそういう自覚が芽生えて、バスケットに対する意識が変わってきたと思います」
 意識の変化は自ずとプレーの変化にもつながる。洛南戦では26得点、12リバウンド、5本のアシストパスも含め、要所で見せた絶妙なパスセンスも光った。自分の中にも『やりきった』充実感があったのだろう。翌日に待ち構える中部大第一戦について聞かれると「勝ちます。自信はあります」と、きっぱり言い切って白い歯を見せた。

ベンチに座る三星圭史アシスタントコーチは、同校が全国最高位(1978年の山形インターハイでベスト16)の時、選手として出場していた

ベンチに座る三星圭史アシスタントコーチは、同校が全国最高位(1978年の山形インターハイでベスト16)の時、選手として出場していた

  しかし、洛南戦で死力を尽くした近大付属の選手たちの疲労は、自分たちが考えていたよりずっと深かった。試合開始から間もなくして西野は足に激痛を覚える。
「自分から交代させてくれなどとは絶対言わない子なんですが、今日はそれを口にした。よほど痛かったのだと思います」(大森コーチ)
 出だしから相手に主導権を握られた試合は1Qで12-22と二桁のビハインドを背負う。それでも2Q終盤には33-38の5点差に詰め寄る粘りを見せるが、「後半は走って流れをつかむ余力がありませんでした。気持ちはあるが足が動かず、すべてが後手に回ってしまったという感じです」(大森コーチ)。結果は53-81の完敗だった。

#7金子隆太

#7金子隆太

  気持ちはあるが足が動かない…そのもどかしさをだれよりも感じていたのは西野だったかもしれない。試合後、痛めた足を氷で冷やしながら「相手の留学生を止められませんでした」と、語る顔には涙が浮かんだ。「自分の力が出せないままに終わってしまった。ほんとに何もできませんでした」
 しかし、大森コーチは言う。「あんまり痛そうなので4Qにもう1度ベンチに下げようと思ったんですが、自分はまだ頑張れると言うんです。試合は完敗でしたが、最後まで戦いたいという西野の姿勢に成長を感じました」

応援席

 洛南を破った喜びも、中部大第一に大敗した悔しさも、3階席まで埋まった東京体育館も、そして、そのメインコートの広さも、近大附属にとってはすべてが初めての体験だった。そこで得たものを来年のチームにどう生かしていくのか。2年生の西野にはまた新しい1年が待っている。
「ひとまわり大きなエースになれるよう頑張って、来年、もう1度必ずメインコートに立ってみせます」
 涙はまだ乾いていない。だが、迷いのないことばは頼もしく、力強かった。

 


訂正 2015年12月30日

初出時、大森健史コーチの写真を間違えて記載しておりました。 読者の皆様、ならびに関係者の皆様に深くお詫びし、ここに訂正をさせていただきます。