Photo of the Game 大学生の季節 ー 前編

ファンは学生スポーツのどういったところに惹かれるのだろうか。
最後の学年に懸ける上級生の鬼気迫るプレーだろうか。
鮮烈な活躍でシーンに躍り出る下級生の登場か。

いや、上級生も下級生もない、一度しかない学生時代を競技に捧げた選手が見せる、ひと時の輝きだろうか。
高校でも大学でも、卒業後トップレベルで競技を続けない選択をする選手にとっては、本気で競技に打ち込む時間は「今しかない」のだから。
バスケットでも、インカレが「本気でバスケをする」最後の舞台だ、という選手が少なからずいる。
学生時代という一時期に競技にかける選手の姿が、見ている者の胸を打つのだろう。
かくいう筆者も、上級生がチームの伝統を受け継ぎながら積み重ねてきた時間や最後のインカレにかける決意、そしてそれを目に焼きつける下級生というストーリーには、やはり胸を熱くさせられてしまう。

結局は思いの純粋さなのか。
プロのアスリートだって一戦に懸ける気持ちが弱いはずはないが、純粋さという意味では学生のそれとはやはり違うように思う。

インカレ最終日の12月16日、場所は大田区総合体育館において男子3位決定戦〈筑波大学対日本大学〉と、男子決勝戦〈東海大学対専修大学〉の二試合が行なわれた。
どちらも熱戦だった。
現行のチームでやる最後のゲームだ。笑って終えるために、後輩に何かを残すために、先輩に勝利を贈るために。

インカレは4年生の大会、とよく言われる。
どの大学のヘッドコーチも、「4年生の力」と必ず口にする。優勝した東海の陸川監督ももちろんそう言った。
活躍した主力の下級生達も、今までチームを引っ張ってきた最上級生に感謝の言葉をかける。同じく東海の一年生コンビ大倉、八村もそれを言った。
会見場では、毎年同じコメントが必ず聞かれるのだ。

そしてコート上でも、やはり大会ごとに毎年同じことが起こっている。

リーグではベンチを温めることの多かった4年生がセンセーショナルなプレーをしてベンチの下級生が大盛り上がりすることがある。
そういうシーンは大好きだ。
ベンチの盛り上がりに照れくさそうな笑顔を返す選手がいる。
「これぐらいのこと」と表情を変えない選手もいる。
それが勝負所なら、スタンドやベンチに向かって吼える選手もいる。
そういったときベンチの盛り上がりはなかなか静まることがない。
それがただの悪ノリではなく、尊敬や憧れや労いが含まれたものだからだ。それを当の選手も知っているから、コーチも知っているから、その選手を見ていた人は皆知っているから、そのとき会場全体が何か特別なものを見た気持ちになる。

出番のない4年生がベンチで一番声を出していることがある。
こういうシーンは何とも言えない気分になる。
コートでプレーして何ぼだろ、などと勝手なことを思ってしまう。
だいたいの場合、真っ先にベンチを飛び出し、主力の下級生に声をかけるのが4年生だ。
ずっと出番はなく、コートに立つのは残り数十秒の場面。
勝敗はほぼ決まっている。
餞別としてのプレータイム、と言っていいだろう。
だが決して手は抜かない。最後まで。
脚を動かし、声を出し、懸命にボールを追う。
最後の終了のブザーが鳴るまでの、ほんの数十秒だ。
インカレでは毎年そのブザーを聞きながら、静かに涙を流す選手を何人も見ることになる。
そしてそんな選手を、筆者もまたファインダーを通して追っているのだ。

最後のゲームが終わったとき、選手からはなれ一人涙を流す者がいる。
4年生のチームスタッフだ。
彼ら彼女らもチームの一員として4年間戦ってきた。
最後のインカレに懸ける気持ちは選手と変わらなかったはずだろう。

トーナメントである以上、ほとんど全てのチーム、選手が負けて大会を終えることになる。
涙に暮れ、うなだれる選手を前にして、そこに敗者の姿を見るのか、それとももっと別の何かを見るのか。それは見る者の心の有り様にも関わってくることだ。
今大会を観戦した人は何かを感じたろうし、また来年もきっと大学生達の戦いを観ずにはいられないはずだ。
今年インカレを観ることができなかった人は、来年こそは是非観戦してみてほしい。
甲子園が好きな人もウインターカップが好きな人も、誰もの心に残る何かを、コートを躍動する選手達が見せてくれるだろうから。

文・写真 吉田宗彦