「キャプテンという大役が選手として、人として自分を育ててくれた」(青山学院大・木田貴明)

青山学院大のキャプテン#6木田貴明にとって、準々決勝で当たった筑波大戦は忘れられないものになった。
試合は#4青木保憲のドライブでスタートした筑波大が#11増田啓介、#17杉浦佑成の連続得点で10-2の猛ダッシュを見せる。これに対し青山学院大は筑波大の強固なディフェンスにタフショットを強いられ1Qはわずか5得点。前半を終了した時点で20-43と大きなビハインドを背負うことになった。
「筑波大を相手に前半で23点差というのは厳しかったですけど、このままで終わったら自分がやってきた4年間はなんだったんだろうという気がして、後半はもうなんとしてでも自分がやらなきゃという気持ちでした」(木田)

そして、その後半、青山学院大は怒涛の追い上げを見せる。#13前田悟のジャンプシュートを皮切りに#20戸田晃輔、#52赤穂雷太が一気呵成に攻め、木田のブザービーターで45-50まで詰め寄って3Qを終了。4Q開始3分には木田の3ポイントシュートとスティールからの速攻でついに同点に追いついた。ここからは両者ともに譲らず一進一退の攻防となるが、筑波大は1点リードの終盤に青木がゴール下に切れ込み74-77。終始会場を沸かせた青山学院大の猛追劇もここで終了となった。

この一戦で木田は3ポイントシュート4本を含め22得点をマーク。「このままでは終われない」キャプテンの意地と責任感が伝わる活躍だったと言えるだろう。

3年生まではチャランポランの選手だった?

「僕は青学に入って1年から3年ぐらいまでは結構チャランポランした感じだったんですよ。責任感が生まれたのは4年になり、キャプテンを任されたあたりからです」(木田)

青山学院大では毎年選手間の話し合いで新チームのキャプテンを決めるが、選ばれた木田の名前を聞いたとき、廣瀬昌也コーチは即座に「ダメだ」と言い放った。
「木田は3年のときのラントレーニングをよく休んでいたんです。理由は膝痛だったんですが、その膝痛というのは股関節の柔軟性不足から来るもので、それについてはトレーナーの吉本さんからもずっと言われていました。にも関わらず、あいつは3年間それを克服しようとしなかった。おまえは1番苦しい練習のときに休んでいたんだ。そんなヤツにキャプテンが務まるのか?と本人に言いました。結論はもう少し先に出すから、その間にリーダーとは何か、キャプテンとはどんなものなのかを考えてみろと」

廣瀬コーチが出した指示は、それからの2ヶ月間3人の4年生が日替わりでキャプテンを務めること。2ヶ月後に再度話し合ってキャプテンを決めるということ。
「3月になって誰に決まった?と聞いたら、前と同じく『木田です』という答え。この時点で私も木田に任せることを決め、わかった、覚悟してやれよと伝えました」

廣瀬コーチによると、新キャプテンは春の段階ではまだ自信なさげにおどおどしていたと言う。「ただし股関節の柔軟性に関しては積極的に改善しようとするようすが見られるようになりました。僕があっと思ったのは夏です。その日は朝から走る練習が続いてすごくきつかったんですが、その後のメニューのスリーメンを1セットにするか、2セットにするかと木田に聞いたとき、あいつは迷うことなく『2セットでお願いします』と即答したんです。あっ、こいつは今、本当に変わろうとしてるなと思いました」

練習中、廣瀬コーチは厳しくダメ出しをする。気持ちが入っていないと感じたときはウォーミングアップからやり直せと声を荒げることもある。だが、夏以降、廣瀬コーチに代わってその言葉を発するのは木田の役目になった。「練習の雰囲気を読んで、僕より先に声を出す。リーダーになってきたなあと感じましたね」

当の本人はそのころのことを「自分なりに必死でした」と振り返る。「春のトーナメントでは9位という結果に終わって、そこからリーグ戦までどうやってチームを立て直していこうか、そればかり考えていました。どんなことがあっても入替戦に行くようなことになってはならないと思っていたし、キャプテンとしてみんなをどこまで引っ張っていけるか、本当に毎日が必死でした」

キャプテンを務めることで培った『人間力』

学業にも厳しい青山学院大ではバスケットを成績不振の理由にはできない。夜遅くの練習が終わって深夜12時近くに帰宅し、1時限目の授業に出席するため朝の7時過ぎには家を出ることも珍しくなかった。
「はっきり言ってきつかったです。でも、卒業できる単位はきっちり取りました(笑)。バスケットの方も夏は4部練習なんてこともあって、ハードでしたね。けど、自分たちは弱いと思っていたし、弱いチームは練習するしかないと思っていたので」

その成果が出たリーグ戦は4位に浮上し、インカレに向けてのモチベーションも高まった。そこでチームが挑んだのは1人1日200本in、19日間で1人3800本in超を目指すシュート練習。一言で1日200本inというが、この本数を達成するためには授業の合間や昼休みを利用しなければならない。やり遂げる意志がなければ難しいことだ。
「選手たちはみんな頑張っていたと思いますが、その中でも木田と前田の顔つきは違いましたね。ただシュートを打っているだけじゃなくて、強い意志を持ってシュートを打っているのが伝わってきました」(廣瀬コーチ)

筑波大に敗れたことでインカレベスト4の扉は閉ざされたが、続く順位決定戦でもチームハイの19得点をマークした木田のシュートは『意志を伴った練習』が培ったものだったかもしれない。だが、自分の1番のストロングポイントは?という問いに対して、木田が返した答えは「シュート力」ではなく、「ディフェンスのハードワーク」だった。「それだけはこの1年先頭になってやってきましたから。ディフェンスとメンタルは自分で鍛えることができた部分だと思っています」

年の初めにはコーチからダメ出しだされたキャプテンが「きついこともいっぱいありましたが、おかげでバスケットの技術だけでなく、人間としてもちょっとは成長できた気がします」と、胸を張る。本気で優勝を目指したインカレは6位の成績に終わったが、それ以上のものを確かに手に入れたと思える自分がいる。

そんな木田を見ながら「あいつは確かに成長しましたね」と語る廣瀬コーチ。
「僕らは戦う以上もちろん優勝したい。青学の伝統も守りたい。でも、もう1つ忘れてならない大切なことは『人間力』だと思うんです。選手が人としてどう成長できるかということ。だから、コーチとして木田を見てるとうれしくなるんですよ。バスケットも学業も頑張って、チームと仲間を大事にして。最初はハラハラしましたが、僕が今キャプテンとしての木田に付けるのは文句なしの及第点です!」

文・写真 松原貴実