スプリングトーナメントレポート・拓殖大学

生まれ変わって挑む新シーズン

拓殖大学は2年前のリーグ戦で1部優勝を果たしたチームだ。当時1年生だった岡田侑大とゲイ・ドゥドゥを柱に31年ぶりの歓喜を味わった。主力が下級生ということもあり、その後のステップアップに期待を寄せたファンも少なくないだろう。しかし、翌年、思いもよらぬ出来事がチームを揺るがすこととなる。最初の衝撃は、夏まで一緒に練習していたドゥドゥがアメリカの大学でプレーすることを決めてチームを去ったことだった。「あまりにも急な話だったのでびっくりしました。けど、本人がそう決めた以上僕らが引きとめるわけにはいきませんでした」(#58平良彰吾)。203cmの高さと幅のある体躯で拓大のインサイドを支えていたドゥドゥを欠くことは大きな痛手。しかも秋のリーグ戦は目前に迫っており、『ドゥドゥ抜きのチーム』を準備する時間は少なかった。その状態で突入したリーグ戦では黒星が続く。終了時の順位は12チーム中最下位。前年度の頂上から転がり落ちたチームは2部への自動降格が決まった。そして、その後に発表されたのはエース岡田のシーホース三河入りだ。「ドゥドゥがいなくなって、岡田にかかる負担が大きくなっていたのは事実だと思います。ドゥドゥのときとは違って、あいつから事前に話もあったし、池内さん(泰明監督)にも相談していたし、その中であいつが考えて決断したことですから僕たちは気持ちよく送り出したいと思いました」(平良彰吾)

岡田がチームを去ることを快諾し、シーホース三河への橋渡しもしたと言われる池内監督は当時のことをこう振り返る。

リーグ優勝した年、1年生だったドゥドゥはインサイドをやりながらよりオールラウンドに、岡田は1番も任せられる選手に…という構想を持って育てていきたいと思っていました。それだけに(2人に抜けられたのは)痛手だったことは間違いないです。でも、チームには何が起こるかわからないのだから、コーチは常にあらゆることを想定して準備しておかなくちゃいけないんですよね。以前チームの柱だったバンバ(ジュフ・チェイカ・アハマド・バンバ)がケガしたときもそうでした。が、頭ではわかっていてもドゥドゥと岡田に頼り過ぎていたのは事実で、そこは監督としての未熟さ、反省すべき点です。そこからの切り替えがうまくできなかったことがリーグ戦の結果になりました

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