デンソーアイリス 赤穂ひまわり #88

咲け、咲け、大輪のひまわり part1

※本記事は2018年11月発行、バスケットボールスピリッツvol.27からの転載

バスケット選手だった両親の下に生まれた赤穂家の4人の子どもたちは全員が将来を嘱望されるバスケット選手に成長した。中でも今年(2018年当時)注目を集めたのは、初の日本代表選手としてワールドカップの舞台に立ったひまわりだ。184cmの高さと機動力を併せ持つ逸材。伸び盛りの20歳の花がどんな大輪に成長するのか、期待は大きく楽しみは尽きない。

――赤穂家は長女のさくらさん(デンソー)、ひまわりさんと双子の兄、雷太さん(青山学院大学)、妹のかんなさん(津幡高校)と、全員がバスケット選手として活躍しています。やはり小さいときからバスケットをやる環境だったのですか?

家の前にバスケットリングがあって小さいときから遊びでボールをついたりはしてたんですが、兄妹の中でなぜか私だけそれほどバスケをやりたいと思わない人だったんですね。理由はよくわかりませんが、きっと放課後バスケの練習に行くのが面倒くさかったんだと思います。なので、ミニバスのチームに入ったのも小学3年生ぐらいでした。両親は自分たちが仕事に出て、姉(さくら)と兄がミニバスに行くと家に私1人だけになるのが心配だったみたいで、私がミニバスを始めると決めた瞬間、わぁーっといろんなバスケ用品を買い込んできたんです。「これだけ用意したんだからもう辞められないよ」みたいな。周囲をきっちり固められた気がしました(笑)

――ミニバスは楽しかったですか?

はい。あまり強いチームではなくて、どちらかというと緩くて楽しい雰囲気だったんですね。3年のときに指導者が代わって練習も厳しくなったんですが、スタートが楽しかったのは自分にとってよかったと思います。

――中学は地元(石川県)を離れ、千葉の昭和学院に進みました。将来もバスケットを続けようと決心したわけですね?

そうですね。姉も進学していましたし、自分も強豪校でやってみたいと思いました。思えば姉はいつも私の前を歩いていて、姉がいなければ昭和には行ってないと思うし、そしたら今Wリーグというトップレベルの世界にもいなかったと思います。常に追いかける姉の背中があったことは幸せだったなあと今でも思います。

――さくら選手も早くから注目を集めた存在でしたが『赤穂さくらの妹』として見られるのは嫌ではなかったですか?

そういうのは全然なかったです。嫌じゃなかったし、プレッシャーも感じませんでした。もちろん一選手としては負けたくない気持ちはありますけど、自分が戦うのはそこではないと思っているので。あっ、けど(Wリーグの)新人王だけは違いましたね。姉が先に受賞したので、それは絶対自分も取りたいと思いました。そこだけは負けたくなかったです。取れて本当によかった(笑)

――デンソーに入ったのもさくら選手の存在があったからですか?

姉がいたことが全然関係ないわけではないですけど、それが大きな理由かと言えば違います。うーん、やっぱり“熱„でしょうか。いくつかのチームからお話をいただいたのですが、デンソーが1番自分を必要としてくれているというか、そういった熱を感じました。

――Wリーグの舞台に立った感想は?

どの選手も1人ひとり自分の武器を持っていて、その人しかできないもの、その人の色があるなあと感じました。

――その中で今シーズンは自分の色をより濃く出していきたいですね。

はい、出していきたいです。自分がチームの中で求められていることの1つは点を取ることだと思うんですが、昨シーズンを振り返るとその仕事にムラがありました。ルーキーというのを言い訳にしないと決めていたのに、やっぱりどこかでちょっと引いちゃうところがあって、それさえなければもっとできたはずだという気持ちがあります。今年はそこを修正したいです。

part2へ続く

文 松原貴実
写真 安井麻実

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